「母と息子 22年振りの再会」。
母親と息子が22年振りに再会。
その親子は、初めての子供を養子に出さなければならなかった
女性と、実の母を知らずに育った青年だった。
2人を結び付けた不思議な絆とは?
○最初の妊娠
場所は、アメリカ合衆国ミシガン州グランドラピッズ。
ホームセンターで働いている45歳の女性は、夫と2人の子供と
暮らしている。
本当は3人の子供に恵まれたが、ある理由があって最初の子供は
自分で育てることができなかった。
1985年、彼女は最初の妊娠。
しかし、まだ学生であり、シングルマザーを覚悟しなければならない
状況だった。
周りからも反対され、養子に出す選択を迫られた。
そして、家族に説得され、養子縁組をして息子と離別。
○D.A.ブロジェット・フォー・チルドレン
D.A.ブロジェット・フォー・チルドレンは、養子縁組を仲介して
もらった民間団体。
契約では、里親が誰だかは知ることができないが、子供が18歳に
なった時に母親の情報を知ることができる、という条項に彼女は
同意していた。
いつか、息子が探してくれることを願っていた。
しかし、18歳を過ぎても20歳になっても、息子が会いに来ることは
無く、自分を恨んでいると諦めていた。
子供はフレイグ家に引き取られ、順調に育っていた。
現在は配送の仕事をしているが、自分が養子であることは聞かされて
いた。
子供は自分がどこから来たのかを知りたかったし、何かが足りない
気がずっとしていた。
息子の気持ちを知った両親は、本当のお母さんの捜すために協力
することになった。
○実母探し
2003年、実母に関する資料を請求し、実母の名前が判明。
名前から住所登録を検索したが、何度やっても何も手がかりは
出てこなかった。
2007年10月、たまたま実母の名前のスペルを誤って入力すると、
4年間探し続けていた実母の住所が偶然見つかった。
(原因は養子縁組団体の資料のスペルに間違いがあったため。)
実母の住所を調べたところ、家からわずか3kmの距離にあった。
しかし、いきなり会いに行っていいものか悩み、なかなか決心が
つかなかった。
職場の上司に相談したところ、その上司は実母の名前を聞いて
びっくりした。
その理由は、同じホームセンターで働く同僚だったため。
実母は同じ職場で働いていた。
そして、二人は感動の再会を果たした。
ずっと探していた母親がこんな近くにいたことは奇跡としか
言いようがない。
○江原啓之さんの見解
4年間待たされたのは、待つ時間が長ければそれだけ感動が増えるが
そこまで会いたいか、と試されていることもある。
行い正しき事は必ずその報いがある。
みんな良い人なのは、行いが良いから。
このような極端な例は奇跡を感じるが、日常の中にも奇跡はある。
なぜこの人と婚姻までしたのか、なぜこのメンバーとグループを
組んでいるのか、など。

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